2012年12月15日

Y先輩

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30年以上前の写真で すみませんが(^^;)
吹奏楽部の 県大会の写真です。 鬼のY先輩と。(笑)
大阪出身のY先輩は 学生時代の5年間を 香川県で過ごし
その後 就職で大阪を経て福島へ転勤。
そして福島で結婚されて 現在に至ります。
そのY先輩から 今日久し振りに 電話がありました。
今日も 福島や関東では地震がありましたね。その後だったので
「毎週 大きいのがありますけど 大丈夫ですか?」と聞くと
今日のと 先々週?のは そうでもなかったけど 先週のは
さすがに ちょっと怖かったと言っていました。
大震災の時は 3日間 連絡が取れず 4日目に留守電を聞いた
Y先輩から「大丈夫だから」と 電話をもらった時には 私は
暢気に Mと「ほっともっと」で花見弁当を待っている時だったん
ですが 安堵で腰が抜けそうでした。
福島市でも 比較的被害の少ない地域だったようで 津波被害も
無く 原発の避難区域にも入らないそうです。
今は優しい先輩ですが もうね 学生時代は とてつもなく
厳しかったんです。
3つ年上ってだけでも 怖いのに 整った顔で ニコリとも
してくれない 本当にツンデレどころか ツンツンでした(笑)
私が下手なのが原因ですが 他の楽器の人たちが和気あいあいと
練習しているのに うちのパートは いつもピリピリ(^^;)
私は 教室棟の階段の踊り場にある 大きい鏡の前で 一人
黙々と コントラバスの弓の位置を 鏡で確認しながら 2時間の
練習の殆どを ロングトーンで終わる日々でした。
先輩とは 練習以外の話をした記憶が 殆ど無いです。
同級生の部員からはもちろん 他の先輩方からも「大丈夫か?」
って 同情されるくらい 練習は厳しかったです。
そんな厳しかった先輩とも 卒業してからは 普通に話せる
先輩、後輩になりました。 
才能はないけど 厳しい練習にも 辞めずに続けた根性は
認めてくれたようです。 めでたし、めでたし。(笑)

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Y先輩が5年生、私が2年生の時の 県大会か四国大会の写真です。
この時は 学生指揮で出場しました。
コンクールで 舞台袖に行く前に リハーサル室で最後の音合わせ
などをして 出番を待つのですが 緊張もせずに のほほ〜んと
している私に「おまえも ちょっとは緊張しろよ!」と怒ったのも
Y先輩でした。 先輩は 指揮をするので 緊張してたようです。
私は 子どもの頃から 人前に立って「あがる」「緊張する」と
いうことが 少なかったです。 脳天気なんです(^^;)
私には Y先輩との個人練習の方が よっぽと緊張でした(笑)

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こちらは Y先輩が卒業した後の 全国大会の写真です。
1学年下のA君が とっても上手な子だったこともあり 私は
先輩が卒業したあと 緊張の糸が切れて なんだか抜け殻でした(笑)
Y先輩が卒業してからの1年間は コントラバスとチューバの低音
部隊4人は 一緒にパート練習をしたり どうでもいい話でワイワイ
盛り上がったり 楽しい部活でした。 
私がA君に教えてあげられることは 何も無かったので 3年の
終わりで退部して 後の2年間はバレー部のマネージャーを
しました。
丸3年は在籍したとはいえ 途中退部と言えば途中退部なのですが
吹奏楽部OB会にも 呼んで頂けるので ちゃっかり 大きな顔をして
参加させてもらっています。
今日もY先輩に「2年後のOB会には来てくださいね♪」と声をかけ
先輩も「行けたらええな〜」と言っていました。
今までの3回で 私は途中参加1回、フル参加2回ですが Y先輩と
会えたのは 初回の1回だけ。福島は遠いですけどね・・・・。
次回は 是非 お会いしたいものです。 
posted by もにもに at 22:21| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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大池は 今 水が少なくなっています。
人気だった岩も この通り 砂浜の巨岩と化してます。

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こちらの 砂州も こんな風に。

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遠浅になってるんですね。
posted by もにもに at 17:24| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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